歴史
Carl Gustav Putsch

1882

Carl Gustav Putschは、職人仲間1人と見習い2人とともにクローネンベルクでプライヤーを作る小さな鍛冶屋を始めました。

彼らは住まいの地下室でニッパーと馬蹄用プライヤーを手作業で鍛造していました。

1900

1900

初めてドロップハンマーを作ったのはCarl Gustav Putschです。鍛冶屋はこのハンマーで大いに繁盛します。

そのお陰で隣の土地に独立した鍛冶場が設けられ、住居に静けさが確保され、食器が割れるのを心配をすることもなくなりました。

1914

職人の数は7人に増えました。

Carl Putsch

1922

1922

父親が亡くなると、Carl Putschが鍛冶屋を引き継ぎました。

 

1927

この頃、27人の職人が1週間に7000個のプライヤーを製造していました。

1942

Carl Putschは"KNIPEX"の商標を作り、これを登録しました。


                    

1954

設立者の孫であるKarl Putschが会社の経営を引き継ぎました。


彼は製品プログラムを拡大し、製造工程の近代化を推し進めます。

Karlは、1951年から経営に参加している妻のIlseとともに、ヨーロッパの市場をリードする会社にまでKNIPEXを発展させました。

1973

「アリゲーター」が市場に登場:これは、パイプやナットにセルフロックする新しいタイプのウォーターポンププライヤーです。

操作する際にハンドルを押し縮める作業が必要なくなりました。

1982

設立から100年後、従業員は390名になりました。

1984

KNIPEXはウォーターポンププライヤー「コブラ」を開発:ボタンを押すと、素早く精密な段階調整ができるウォーターポンププライヤーです。

1988

小型ボルトカッター「Cobolt」が市場に登場:綿密に考案されたテコ比によって力を20倍まで増幅します。

1991

チューリンゲンのRennsteig-Werkzeuge社がKnipexグループに参加します。

商品の種類が、切断、絶縁材除去、圧着の分野で著しく強化されました。

1994

「プライヤーレンチ」を開発:平行なジョーにより、滑らかな平面も傷めずに掴める全く新しいツールです。

1996

1987年にRalf Putschが会社の経営全体を引き継ぎます。輸出が大幅に拡大しました。

米国、ロシア、中国に営業支店が設立されます。

2005

KNIPEXは、ブッパータルの経済賞「今年の企業」を受賞しました。

イノベーション力と成長の他に、賞の選考委員会では、KNIPEXの地域貢献も評価されました。

2007

KNIPEXは創立から125周年目を迎えました。売上は過去10年間で倍増しています。800名の従業員が毎日45000個のプライヤーを製造し、世界100カ国以上で販売されるようになりました。

従業員のスキルと技能訓練とは極めて高い価値があります。現在、KNIPEXは世界の市場をリードしています。

2010

わが社では1つのコンセプトを打ち立て、今後の活動の基本としています。

品質、イノベーションそして性能の他に、活動の継続性と価値を追求するというわが社の姿勢は重要な要石です。

2012

2011年はKNIPEXの歴史でもっとも成功した年でした。

KNIPEXグループの従業員は今や1300名以上に増加しています。

デュバイにも支店が設けられました。

ケルンで開催された鉄製品見本市では、KNIPEXの様々な重要なイノベーションが披露されました。